2016年1月19日火曜日

失われた古代都市みたいな重文を探して 前編


山梨県大月市にあるJR中央本線猿橋駅から歩いてちょっと行ったところに、その名のとおり猿橋という国指定の名勝があります。甲州街道の一部として切り立つ峡谷の上に架かるめずらしい刎橋で、江戸時代には日本三奇橋として知られていたそうです。現在は木造ではなく、鋼材にヒノキを貼り付けたある種のサイボーグとしてたいへん頑丈に掛け替えられています。見た目からてっきりぜんぶ木造だとばかりおもっていたので、「わあ、すげえ!」と一度は驚きに飛び出したわたしの両の目玉をできれば返していただきたい。


それはまあそれとして、橋の上から東側の下方を見下ろすと、ふしぎなものが目に入ります。


橋ではありません。というか、橋ではあるのだけれど、人が通るものではありません。これは八ツ沢発電所という水力発電施設の一部で、この中を相当な量の水がどうどうと流れています。つまり水路橋です。




八ツ沢発電所は明治期につくられた日本最初期の大規模な水力発電施設で、歴史的・文化的価値が非常に高いことから施設のほぼ全体が国の重要文化財に指定されています。上に挙げた第一号水路橋ももちろんその一部です。そして何より100年ちかく前につくられたこの重要文化財、いまも現役でばりばりに稼働しているのです。




第一号水路橋、というからには当然二号も三号もあります。たしか四号まであったはずです。そして水門部分の瀟洒な赤レンガ造り(すてき)を見てしまったら、他のを見ずに帰るわけにはいきません。開渠とか隧道とかいろいろあるんだけども、せめて他の水路橋だけでも見て回りたい。

ところがそれにはひとつ問題があります。というのもこの重要文化財、地図に載っていないのです。いえ、正確に言うと発電所や貯水池、そして第一号水路橋は猿橋の目の前ということもあってどの地図にも載っています。しかし開渠や隧道、そしてもちろん他の水路橋といったこまごました施設には一切案内がありません。水路橋くらい一号と同じように見せてくれたっていいとおもうけど、とにかくない。したがって自らの足で探しにいかなくてはいけないのです。

何しろ、ここで訊けばわかるかもしれない、とおもって訪ねた郷土資料館で応対してくださった方が「水路橋……」とつぶやいたまま考えこんでしまったくらいです。この資料館の裏にたしか開渠があったはずなので合わせてそれも訊いてみましたが、やはり首をかしげておられます。

しかたなく自力で探すことにして、お礼とともにその場を後にしつつ、立ち去る前に念のため資料館の裏へ回ってみると




第一号開渠がでんとそこにあるのです。赤レンガ!

この重要文化財がいかに人々から見過ごされているか、これでおわかりいただけましょう。

この時点で僕の手元にある情報は2つです。施設は国道20号、つまり甲州街道沿いにあるということ。そして猿橋駅からとなりの鳥沢駅までの間にあるということ。したがって甲州街道をとなり駅までてくてく歩いていけば、そのそばを必ず通ることになります。

そしてもうひとつ、いちばん見たい水路橋については、その構造からして一号水路橋と同じく、川をまたいでいるはずです。だから甲州街道を歩いていて小さな川なり沢を越えることがあったら、そのちかくに水路橋はあると踏んでまちがいありません。

そんなたよりない情報だけでうろつかなくたってケータイひとつあればどうにかなりそうなもんじゃないか、とお思いでしょうが、それでは野生が鈍ります。人間、生きるとなったら手ぶらでも生きていかなくてはいけないのです。

そんなこんなで何のあてもないまま甲州街道を歩き始めたところ、案の定しばらくして沢らしきせせらぎを越えたのでここぞとばかりに辺りをうろつくわたくし。


こんなかんじでうろついています

あとで地図をみながら「ははあ、ここを歩いてたのか」とか「あっなんだよこんな道なかったぞ」とかしみじみ振り返ったものですが、このときの僕は地図もなく、周りの景色でだいたいの見当をつけてました。

水路発見

ということは、これとさっきの沢の交差する地点に二号水路橋があるはず……と鼻息荒くずんずん進んでいくと、公園で行き止まりです。とおもいきやその端っこから

二号水路橋だ!





何の案内もないままよく辿り着いたものだ……と感慨もひとしおです。コンクリ造りの一号とちがって側壁がレンガなことにもグッと来ます。しかしこんな角度からしか見えないのはあまりにも惜しい……待てよ、そういえばさっき桂川の河川敷に下りられそうな道があったな……ひょっとして沢との合流地点から薮をかき分けて遡れるんじゃないのか?

予想図

そしてこの周囲の木々の生い茂りっぷりからして、それを実行した人はさすがにそう多くはないはずだ……よし行こう。ここまで来たらずぶ濡れになってでも正面から見ないわけにはまいりますまい。


御託の多い前編よりはるかに楽しい中編につづく。

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