2013年7月8日月曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その160



ジャン黒糖さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q: ふと時計を見ると、どうも一秒以上秒針が動いていない気がすることがあるのですが、あれはどういうことですか。


僕は科学に絶大なる信頼を寄せる者ですが、何でもかんでも科学的説明で片付けられるときゅうに鼻白む者でもあります。それは21世紀に至る今になってもなお、「現時点でいちばん確かだと思われることの集まり」にすぎません。何しろ飛行機が空を飛ぶ究極の理由は実のところよくわかっていない(!)というし、ほうれん草には鉄分がたっぷり含まれていると同時に、その吸収を妨げる物質も含まれている(!)というじゃありませんか。その是非はともかく、科学において確かなのはそれが鵜呑みにするほど揺るぎないものではない、ということだけです。

だからというか何というか、進化論に対して相当の敬意と関心を払う僕でも、アメリカ人のじつに半数近くが今も信じて疑わないと言われるキリスト教的創造論を、頭ごなしに否定する気には全然なれません。どう考えても太刀打ちなんか到底できそうもないのに、インテリジェント・デザイン(腕時計よりもずっと複雑なたとえば眼球のような構造が、何者かの意図と操作なくして自然に生まれると考えるのは馬鹿げている、とする考え方)というパワフルな論理をもちだして堂々と渡り合っていることにむしろ感動をおぼえるくらいです。できれば進化論と創造論、それに付け加えてよければ空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の3つは三竦みの状態でいつまでもにらみ合っていてほしいとおもう。

それから、たとえば宵の口に赤くて巨大な月をみることがあります。ことによるとそれはもう、夕日とまちがえるくらいデカい。ふだんの月がうずらの卵なら、空の低い位置に出た赤い月はにわとりの卵です。

でもそれを人に言うと、「ああ、それね、錯覚なんだよ」と訳知り顔で返されたりします。ここでもし彼が「だっておれ定規当ててみたもん」とつづけてくれたら全面的に受け入れる準備もあるんだけど、えてしてそういうことにはなりません。大抵はどこかで仕入れた「リーズナブルな知識」をそのまま鵜呑みにしているだけです。もちろん、錯覚なのかもしれない。その説明はたしかによくわかります。しかしじぶんで検証もしていない話が事実として通るなら、「まじでデカい」という言い分にも同じくらいの確かさが認められてしかるべきなのではないか?だって明らかにデカいもの。

とまあ、まるで関係のなさそうな話を長々としてきましたが、ここで質問に戻り(というか我に返り)ましょう。ときどき秒針が一秒以上動かずにいるように見えるあれはいったいどういうことなのか。

愛すべき科学に対する向き合いかたと、赤く巨大な月について述べた僕としてはやはりこう言わねばなりません。そのとき、時計はたしかに止まっていたのだと。

ではなぜ止まっていたのか。ここで注意したいのは、ふと目が合ったように感じる秒針と目撃者の間には、ある種の緊張感が漂っている、ということです。「マズいところを見られた」、あるいは「マズいところを見てしまった」気まずさがここにはあります。より具体的に言うなればそれは、子どもが内緒でつまみ食いをしているところに母親がひょいと顔を出すようなばつの悪さです。

でも相手は秒針だぜ、とおもわれるかもしれません。つまみ食いったって何を食うのか?おっしゃるとおりです。でも考えてみてください。もし秒針が時間をつまみ食いしていたとしたら?というのはつまり、これから来るはずの時間を待ちきれずに先取りしていたとしたら?本当ならまだ12秒のはずなのについ出来心で13秒目にまで手を出していたとしたら?

仮に14秒目まで手を伸ばしたところで、ジャン黒糖さんに見つかったとしましょう。秒針としてはそれ以上下手な動きをすることができません。そればかりか、見とがめられた以上は先取りしてしまった2秒を返す必要があります。時間を前借りしたぶん、同じだけの時間を稼いでいると言い換えてもいいけれど、いずれにしても秒針の、硬直してわずかに動きを止めた理由とそのきもちがこれでわかろうというものじゃないですか!


A: 秒針が時間のつまみ食いをしている場面に出くわしたのです。




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その161につづく!


5 件のコメント:

ダチョウのジョナサン さんのコメント...

いつものことながらジャン黒糖さんというペンネームのセンスの良さに脱帽です。大吾さんが捨て犬を拾ったとして、その名前がどうなるか実に興味深いです。

しろ さんのコメント...

http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%8E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B7%E3%82%B9

粋な回答を味気なくさせてしまう気もしますが…

ピス田助手 さんのコメント...

> ダチョウのジョナサンさん

以前実家で飼っていた犬は
「てんぷら」という名前でしたよ。


> しろさん

そうそう、それがつまり、
「リーズナブルな知識」です。
本文、読んでないのかとおもって
一瞬ギョッとしてしまいました。

匿名 さんのコメント...

なんだか、



ヒュー…



ストン!



と腑に落ちました。
長年の疑問が素敵に氷解しました。
ありがとうございます。

ピス田助手 さんのコメント...

> 匿名さん

どういたしまして!
そこまできれいに落下してくれたら
質問箱としても冥利に尽きるというものです。
こちらこそありがとう!