2013年7月24日水曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その164



暮らしの手錠さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. 自分は今18なんですが大吾さんが18のときはどんな本を読んでましたか?


僕はもともと気に入った一冊を何度も読み返すタイプなので、読破した数で言ったらそれほど多くはありません。そのせいかどうか、昔好きで読んでいたものはわりとすぐ頭に浮かびます。いくつか挙げてみましょう。

・ヘンリー・ジェイムズ「ねじの回転」
・ルイス・キャロル「シルヴィーとブルーノ」
・尾崎翠「第七官界彷徨」
・アンダスン「ワインズバーグ・オハイオ」
・ロートレアモン伯爵「マルドロールの歌」
・ラブレー「パンタグリュエル物語」
・古井由吉「陽気な夜回り」
・ルイ・ポーウェル「超人の午餐」

さもありなん、というラインナップですね。20代に突入すると、ここからさらにとっ散らかった方面へにょろにょろと触手を伸ばすことになるんだけれど、今の僕につながる根っこの部分という意味ではまずこんなところでまちがいないでしょう。いまだにすらすら出てくるくらいだから、よほど脳裏に深く刻まれてるんだとおもう。ちなみに10代前半は逆にもっとおっさんくさくて、西村京太郎斎藤栄内田康夫勝目梓笹沢左保源氏鶏太田辺聖子佐藤愛子、あたりの相当偏ったエリアを読みあさってました。そんなのしか手に入らないちょっと気の毒な事情もあったとはいえ、しかたなくというよりわりと好きで読んでましたな。どう考えても身の丈に合わないこの時期の読書体験がその後に影響を及ぼしたかどうかは何とも言えません。

他にはえーと、生物学関係の本が好きでしょっちゅう手に取っていた記憶があります。なかでもローレンツに始まる動物行動学に惹かれるものがあって、「日高敏隆」という名前にはいまだにピクリと反応してしまうくらいです。あ、そういえばNHKの「いきもの地球紀行」はぜんぶ録画したりしてた!そんなに好きだったのに、生半可な知識しか頭に入ってないんだから、ふしぎなことですね。ひょっとしたら「わー」とか「へー」とか言いたかっただけだったのかもしれません。「脳」についての話も好きでした。だんだん思い出してきたけど、日経サイエンス(雑誌)も定期購読してました。ナショナル・ジオグラフィックの日本版が創刊されたときのちょっとした興奮もおぼえてる!

それはまあともかく、生物に関連する書物で今も印象にのこっているものをいくつか挙げると、

・ロバート・トリヴァース「生物の社会進化」
・チャールズ・ダーウィン「ミミズと土」
・ハラルト・シュテュンプケ「鼻行類」

「わー」とか「へー」とか言いながら読んでいたのは「生物の社会進化」です。いまもときどきひっぱり出して読んでます。「ミミズと土」はダーウィン最晩年の著作ですが、本当にまるまる一冊ミミズと土のことしか書いてないのにめちゃおもしろくて度肝を抜かれました。生物学に革命をもたらした歴史的VIPの最後の研究がよりによってミミズですよ!僕は進化論よりもむしろこの本でダーウィン先生が大好きになりました。「鼻行類」は読んでもらえればわかりますが、いかにも僕が好きそうな本です。さいしょに持っていた単行本は女の子に貸したまま戻ってこなかったんだけど、そのあと文庫で出たのをまた買ったり、人からもらったりして今はなぜかバージョン違いが3、4冊あります。

最初に挙げたラインナップに戻ると、このなかでとくに意味があるのは古井由吉の「陽気な夜回り」です。僕にとって「文体の味わい」というものがしみじみと心に行き渡ったのはこれが最初でした。それまでも筒井康隆とか横光利一で「文のおもしろさ」に袖を引かれるような心持ちはあったけれど、極端な話そこに何が描かれていようとこの文さえあればそれで満足とさえおもったのは「陽気な夜回り」を手に取ったときを置いて他にはありません。物語がメロディだとすれば文体はリズムであり、これは僕がヒップホップにおけるいわゆるワンループを好きなことともひょっとしたらつながりを持ってくるんじゃないかとおもわれるくらいです。要はこのままずっと反芻しつづけたいとおもえるものが好きなんですよね。文体もビートも。夏目漱石より内田百閒や中勘助が好きなのも、たぶんそういうことなんだとおもう。

それから、あまりにも豊かな言葉の数々に感銘を受けた「パンタグリュエル物語」も重要です。これはもちろん奇才ラブレーの恐るべき与太話クラシックですが、何と言っても渡辺一夫の翻訳、わけてもその縦横無尽な日本語力に圧倒されます。ルブランに堀口大学がいたように、ブローティガンに藤本和子がいたように、ラブレーに渡辺一夫がいたことを心から感謝しないではいられません。この先どれだけの人が束になってかかろうと、ここまでの高みに達することはまず望めないとおもう。それくらい、この翻訳は偉業です。

10代後半から20代前半というのは、ひらかれた世界に対していちばん貪欲で、また取り込んだものがそのまま血肉になる時期だと僕はおもいます。一生連れ添うことになるような一冊との、劇的な出会いがありますように!


A. 予想外、でもないですよね、おそらく?




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その165につづく!


3 件のコメント:

  1. ケイジロー2013年7月26日 3:53

    個人的に凄く好きな記事です。

    私はもっぱらサスペンス/ホラーしか読んでこなかったのですが、
    言葉の味わいを感じられる本も手に取ってみたいと思いました。

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  2. > ケイジローさん

    ここ最近でいちばんアクセスの少ない記事だったので
    うれしいです。どうもありがとう!

    サスペンス/ホラーってどんなのだろう?

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  3. ケイジロー2013年12月3日 2:09

    >サスペンス/ホラーってどんなのだろう?

    中学高時代は主に長坂秀佳
    高校時代は貴志祐介が大好きでした!

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