2013年7月27日土曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その165



そして誰もいらなくなったさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)なげやりな結末が予想される推理小説の金字塔ですね。


Q. ドライフラワーの完成は、どうやって見分けるんでしょうか。少し前に買った薔薇やらなにやらをドライフラワーにしようと思って、ぶら下げているのですが、「ん? いつできるんだ?」という疑問に晒され続けている毎日です。


むむ、なるほど、言われてみればたしかにドライフラワーの完成は、境目がいまいち判然としないですね。「人はいつ大人になるのか」と問うのに近いかもしれません。見分けるだけならまだしも、どの時点からそうなのかということになると、とたんにぼんやりです。僕個人の例で言うと無修正よりモザイクのほうがよほどエロいと感じたときを大人の境目として記憶しています。夢があると言い換えてもいいですが、しかしまあ、それは今どうでもよろしい。

じつはうちにもドライフラワーと呼べそうなものが3輪…というか3本あります。これもバラです。もう何年も前のことでもらってきたのか買ってきたのか、はじめは生花だったのをなんとなく干しといたら、鮮やかな色をとどめながらも腐らずきれいに乾涸びました。元からそのつもりだったわけでもないので、どちらかといえば未必の故意みたいなものです。すっかりミイラになったなあ、とおもったときにはすでに完成していたとおもわれます。こんな質問がくるとわかっていたら観察日記でもつけておいたのに、惜しいことをした。


それで気がついたけれど、いっそドライフラワーを買ってくる、というのもひとつの手です。なるべく似たような種類をえらんで隣り合わせにぶら下げておけば、いずれ遠からず瓜二つの状態になります。なんだか釈然としないようですが、何しろ手本があるわけだから、すくなくとも見誤りようがありません。それでも得心がいかないようなら、あわせてこまかな観察日記をつけましょう。これで次からは手本がなくとも完成を見極めることができるはずです。

ただ一方で、やはり根本的にとんちんかんなことをしているようなかすかな疑念が拭えないとすれば、それもまたやむを得ません。何だって煙にまくにしくはないけれど、率直に言って僕も何かおかしいとおもう。おいしい煮豆をつくるために、おいしい煮豆を買ってくるなら、そりゃ買ってきた煮豆をおいしく食べたらいいじゃないか?なぜ見比べなくてはならないのか?煮豆は食べてこそ煮豆なのではないのか?

やりかたを変えましょう。花にかぎらず、わからないことがあれば相手に直接尋ねるのがいちばんです。どうなの、と問うて、まだです、と返ってくるようであれば、これはもう疑いの余地なくまだということになります。

しかしあけすけにどうなのと問うのもちょっと不躾です。あんまりうるさくしすぎて、セクシャルだかパワーだかマタニティだかわかりませんが何らかのハラスメントになって法廷に引きずり出されても困るし、花としても乾くどころか却って毎日泣き濡れるようなことにつながりかねません。

そこで、手紙です。メールも手軽でいいですが、ここは切手を貼ってポストに出す、あの気長で古式ゆかしいやりかたに則りましょう。活字では雰囲気やニュアンス、感情といった目に見えない部分をふくませるために言葉自体をかみくだいたり(離乳食と同じです)、ときとして口語を交えたりする必要に迫られますが、書き文字には初めからそれがふくまれています。しゃっちょこばっていても親しみが損なわれずにすむとすれば、どうしたってこれが最善です。

文面はそうですね、「お変わりありませんか」とか「心待ちにしています」とか、あくまで急かさない程度に、それでいてややウェットな調子がよいようにおもわれます。何ならずっと生花のままだってかまわないんだよ、といたわるように心を砕くのがポイントです。花もまた季節のうつろいなどを織り込みながら情緒豊かな便りを送ってくるでしょう。「既読」に追われることもなし、あせらずにぽつりぽつりと文通をつづけてください。ぜんぜん関係ないけどかつては雑誌の文通コーナーに誰憚ることなく名前と住所の載っていたことがなつかしく思い出されます。

ただしこの場合、目的は愛情や友情をはぐくむことではありません。このささやかなやりとりにはいずれ終わりがきます。いきなりではなくすこしずつ、むこうの返信が短くなっていくはずです。時候の挨拶もそこそこに、事細かな近況がはしょられたりして、文通にあまり気乗りしない印象が見え隠れしはじめます。おそらく最終的には書き文字ですらなく、PCで打ったテキストをプリントアウトしてくることになるでしょう。「ツイッターの相互フォローで良くないですか」と思い切った提案をしてくる可能性もあります。

それまで負けず劣らず感傷的な返事を書いてよこしていたことにくらべたら、きわめてドライな態度と言わねばなりません。とすればつまりここが境目です。数日のラグはあるかもしれませんが、完成のタイミングとしてはかなりの精度でしぼりこめると考えてよいでしょう。読み進めるうちに何の話かわからなくなった人もあるかもしれませんが、ドライフラワーの話です。

ただひょっとすると慕う相手の心変わりをみたような、いらぬさみしさを背負いこむことになるかもしれないので、あんまり思い詰めないようにしてください。


A. とりあえず文通からはじめましょう。




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その166につづく!

0 件のコメント:

コメントを投稿