年の瀬も押し迫ったある日、心理的なスパイ組織でもある安田タイル工業の専務からコンタクトがあったのです。
ジリリリリン、ガチャ
「もしもし主任です」
「合言葉を言え。『餃子』」
「『おいしい』」
「よし。実はだな」
「慰安旅行のことですよね」
「シッ!その前に伝えることがある」
「誰か聞いてるんですか?」
「実は他でもない、本社ビルが破壊された」
「え?本社ビルって」
「安田タイル工業の本社ビルだ」
「あの廃屋みたいな」
「そうだ、しかも満タンのな」
「そのハイオクじゃないですよ」
「なので本社はもうない」
「待って待って破壊?破壊って言いました?」
「映像を送る」
「スパイっぽい!」
「専務じゃないですか」
「何がだ」
「これ壊してるの専務ですよね」
「シッ!今言えるのはこれだけだ。また連絡する」
「えっ待って待って慰安旅行は」
「なおこの通話は自動的に切断される。じゃあな」
「手動じゃん」
そうしてこの映像を最後に、専務との連絡は途絶えました。専務に何があったのか、積年の夢でもあった本社ビルはなぜ破壊されなくてはならなかったのか、そして肝心の慰安旅行はどうなるのか、次々と浮かび上がる疑問の先で、今年は本社ビル落成とその後の破壊を超える衝撃が待ち受けていたのです。
世界に向けて遠吠えを!
常に時代の先端で誰かが来るのを待ち続けている心のベンチャー企業、安田タイル工業の気付けばこの10年で半ば義務と化しつつある年末恒例業務が今年も帰ってきた!2020年12月以来となる今回も、専務と社員、総勢2名の大所帯で繰り出します。
→2010年
→2011年
→2013年
→2014年
→2015年
→2016年
→2017年
→2018年 前編
→2018年 後編
→2019年
→2020年
※とりわけ重要なのは本社ビルが落成した<2019年>です。
……と思ったらあの日以来、一向に音沙汰がありません。こちらから呼びかけても反応がないし、LINEも既読がつかない。とはいえ専務はもともと年に数回スマホを失くしては契約ごと乗り換えてアカウントその他を一からこしらえる習性があるので、どうせまたそういうことだろうとうっちゃっていたのですが
そんなある日、一通の封書が届きました。見れば差出人は専務です。
中を取り出すと
B5のノート20枚分に文字がびっちりと詰め込まれた修羅のような手紙です。思わずその場で放り投げます。人生でこれほど傷ましい手紙を受け取った記憶がありません。危険物を取り扱うように指先でチラリとノートをめくってはまた放り投げるを繰り返した挙句、そのまま数日寝かせておくことにしました。何しろこっちの腹が据わらないことにはとても読み通せる自信がありません。気味がわるいこと甚だしい。
そうしてどうにかこうにか腹も据わって、しぶしぶ読み始めたところ、
拍子抜けするほどどうでもいいことしか書いていません。跳ね上がった心拍数と寝かせておいた数日がムダに思えてきますが、なんだいつもの専務じゃないかと安堵する反面、内容がまったくないにしては尋常ならざる文字量に若干引っかかるものがあるのも事実です。
そんなことを考えながらぺらぺらと読み進めていたら、あるページで指というか、時が止まりました。
「留置場に居ます。」
獄中手記じゃねえか!
66番と呼ばれていたらしい
そんなわけで手記にもあるように、今年の慰安旅行は物理的に不可能と相成りました。十数年欠かさずにつづけてきて初めての意図せざる中止のようにもおもえますが、じつは過去に一度、専務に彼女ができたという身もふたもない理由で中止になったことがあります。今回が初めてではありません。山もあれば谷もあり、留置場にぶち込まれることもある。それが人生というものです。晴れて自由の身となった暁には、また一からタイルを並べていくといたしましょう。
♪パ〜パラララ〜(エンディングテーマ)
飽くなき探究心と情熱と何らかの罪状を胸に、安田タイル工業は今後も逆風に向かって力強く邁進してまいります。ご期待ください。
安田タイル工業プレゼンツ「専務、留置場にぶち込まれるの巻」 終わり
人生の半ばを過ぎてとうとう公権力の手に落ちた専務に励ましのお便りを出そう!
ちなみにこの獄中手記、全文の末尾に明らかに専務ではない何者かの筆跡で日付が書き込まれており、これがきちんと検閲されたものであることを他の何よりも生々しく証明してくれています。
なお、安田タイル工業の社屋は現在、新宿区に店を構える古書店アルスクモノイのどこかに鎮座する愛らしい支社ビルしかありません。あしからずご了承ください。
?!!!
返信削除専務!!!一体何が?!?!
すみません、びっくりして。。。
先週アルスクモノイにお邪魔しました、旅の者です。
その節はありがとうございました。
しかし、専務…
気になりすぎます。
頑張ってください(でいいのでしょうか)
続報お待ちしております