某月某日……
安田タイル工業の専務がタイル業のかたわら営んでいる音楽活動でたいへん豪勢な響宴を催し、大盛況のうちに幕を閉じたのです。
縦横無尽にラップする専務と、それを草葉の陰から見守る主任……この夜ほど安田タイル工業の社員であることを誇りに感じたことはありません。主任にいたっては「専務!アレうちの専務です!ワーワー!」とひとりツイッターでおとなしく喚いていたものです。
「いい夜でしたね」
「ウムいい夜だった」
「それはいいんですが」
「どうした」
「これ帰り道ですよね」
「そうだぞ」
「なぜ僕が専務の車に同乗してるんですか?」
「何を言うんだ、水くさい」
「だってクソ山道ですよ」
「おいおい忘れたのか」
「えっ」
「もう今年も終わりなんだぞ」
「あっまさか!」
「もちろんそのまさかだ」
世界に向けて遠吠えを!
あるかなきかの零細企業、もしくは世界のミスリーディングカンパニー、でなければある種のミクロネーション、安田タイル工業のなんかどっか遠くに行くやつが今年も帰ってきた!2017年12月以来となる今回も、細かいことを気にしないハートウォーミングな旅に専務と社員、総勢2名の大所帯でクリスマ
「ちょっと待ってください」
「なんだ」
「クリスマスには早すぎませんか」
「誰がクリスマスと言ったんだ」
※安田タイル工業のクリスマスについては以下をご参照ください。
→2010年
→2011年
→2013年
→2014年
→2015年
→2016年
→2017年
「クリスマスじゃなければ何なんですか!」
「期待を裏切られた恋人みたいな口調だな」
「クリスマスじゃなければ何なんですか!」
「2回も言うな。グレゴール賞の選考会だ」
「えっ」
「グレゴール賞の選考会だ」
「まさか!あの!」
「うむ」
「グレゴール賞の選考会!」
「そう言っただろうが」
グレゴール賞とは、「あらゆる困難が僕を打ち砕く(Mich brechen alle Hindernisse)」と言い遺した文豪フランツ・カフカ(1883-1924)の飽くなきタイル精神に敬意を表して、タイルの健全な発展を目的に、その年最もタイル精神に富んだ人、物、事を讃えるべく設立された賞である。
受賞者はジンバブエドルに匹敵するタイル通貨でおよそ1億タイル、台座にカフカの至言が刻まれた彫像、そして大量のジャガイモが贈られる気持ちを授与される。
今年度のノミネートは以下のとおりである。
・ 「アカデミー賞を観る代わりにしていることをいくつか」シリーズをリアルタイムでドロップしつづけたマコーレー・カルキン
・ 国際信州学院大学
・ 106年ぶりに利尻島まで泳いで上陸したヒグマ
・ 自由浮遊惑星
・ とうとう粉末になった水素水
・ ローマ帝国時代の金貨
・ 世界にひとつしかない、周の長さと面積がどちらも同じ直角三角形と二等辺三角形の組み合わせ
・ いきなり!ステーキのステーキ提供システム(特許公報5946491号)
・ 南極から流れ出した世界最大のタイル
・ インドに建造された世界最大の立像
・ ギョウザがおいしい永田町の開化亭
・ ダーツの世界大会で負けた理由を対戦相手の放屁のせいにしたウェズリー・ハームズ選手
・ すごくさみしいエピソード
・ 自宅からの退去を求めて両親に提訴されたマイケルさん
・ 築地場外市場の名称を決める選挙に投じられた8669票
・ シャイニングマンデー
・ グリーンランド沿岸に漂着した100メートル級の氷山
・ 同盟関係にある英国で発生した毒殺未遂事件を受け、ロシアのスパイを追放しようとしたらそもそもスパイがいなかったニュージーランド
・ 乱気流に巻き込まれて機内のほぼ全員が嘔吐したウィスコンシン航空3833便
・ 特AからAに転落した魚沼産コシヒカリ
*
「ということはこのクソ山道は……」
「選考会場に向かうその道すがらというわけだ」
この時点で丑三つ時ど真ん中の午前2時であることなど意にも介さず、長年夢みてきたグレゴール賞の発表に胸を躍らせる安田タイル工業の面々。そういえばわざわざ言わないと誰にもわかりませんが、ふたりとも安田タイル工業のTシャツを着ています。
「よし、ついたぞここだ」
「えっ」
「こんな豪勢なところで!」
「しずかにしろ、夜中の3時だぞ」
「夢のようですね」
「何はともあれ、風呂だな」
「お風呂ですって!」
「なんだ入ったことないのか」
「ありますよお風呂くらい!」
それにしても写真でお見せできないのが本当に残念でなりませんが、そこは地上から7階の高さにある天空露天風呂であり、降り出した冷たい雨と漆黒の闇に包まれて得も言われぬ風情を醸し出す、夜の楽園だったのです。もうもうとたちこめる湯気から時折顔を出す山々の黒い稜線と、かけ流しの源泉に肩までつかりながら仰向いた顔にぱたぱたと落ちる雨粒の心地よさ、いつもなら首をすくめてしまう12月のきりりとはりつめた空気すら、愛おしく感じられます。長年会社に対してただただ愚直にひたすら滅私奉公をつづけてきた甲斐があったと、目頭を熱くせずにはいられません。安田タイル工業にあってこれ以上の至福はどうしたって望めないとおもえば、何ひとつ始まってないけどもうここがエンディングでいいじゃないか、そんな気までしてきます。
「いいお湯でしたね」
「ウムいい湯だった」
「僕おもうんですけど」
「なんだ」
「もうエンディングでよくないですか」
「おいおい始まったばかりだぞ」
「いえ、あんまり幸せすぎて」
「朝までゆっくり眠るといい」
「いま朝の5時ですけど」
「ふふふ」
「ふふふ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
♪パ〜パラララ〜(エンディングテーマ)
飽くなき探究心と情熱を胸に、安田タイル工業は今後も逆風に向かって力強く邁進してまいります。ご期待ください。
安田タイル工業プレゼンツ「発表されなかった第1回グレゴール賞」 終わり
「おい起きろ」
「ムニャ?」
「6時半に出発するぞ」
「5時に寝たばっかですよ!」
「わたしだって眠いんだ」
「え、出発?出発って」
「なんだ」
「ここが会場じゃないんですか?」
<後編につづく!>
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