【TRINCH】、新たに6点が追加されました。このところとんとご無沙汰していた、ワニの小娘が数年ぶりに登場です。
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先日は「詩人のくせに書物の話もしないで、ぶつぶつ」と姑のような口調でおもむろに切り出し、いかにもだいじな話のようでその実別にそうでもない話をさんざん好き放題わめき散らしたあげく、本題をどこかにうっちゃったままそそくさとお暇したわけですけれども、それというのも(ここでの「それ」は「お暇した」ではなく「話を切り出した」にかかっています)こんな質問があったからです。
見ざる聞かざるネブカドネザルさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q: オススメの本、ありますか?
知らぬ人を探すほうが難しいくらいに国民的な知名度を誇るクラシック中のクラシックでありながら、あれ?そういえば読んだことない、という人のほうがおそらく多い、不朽にしてある意味不遇な名作がこれです。
アルプスの山の娘(ハイヂ)
ヨハンナ・スピリ著
野上弥生子訳
言わずと知れたハイジです。岩波文庫から出ていて、訳が野上弥生子(!)、そして旧仮名遣い(!)という古色蒼然のスペックからしてその揺るぎないマスターピースぶりは推して知るべしと申せましょう。原作があって今もふつうに手に入ることにハッとされる方も多いのではありますまいか。(あれ?ひょっとして絶版になってる?)
僕がこれを引っぱり出してきたのは、日本を代表するアニメの原作だからではもちろんありません。むしろ逆です。これを読むとなぜアニメになったのかがイヤというほどよくわかります。ハイジがアルムおじいさんのところに連れてこられ、山で暮らし、ヤギと遊び、ペーターに引っかき回され、とおもったら都会のお金持ちの屋敷に引き取られ、クララと出会い、家政婦ロッテンマイヤーさんに煙たがれながらホームシックに泣き濡れたのち、ようやく山へと帰ることができて一安心、やがて病弱のクララもハイジに会いに山へ、おじいさんの提案でしばらくの間クララの面倒をみることになり、その結果みなが知る例の奇跡が起きて大団円……
というだけの話であって、知っていると言えばだいたい知っているはずなのに、読み始めたら止まらないのだからまったく、いったいどういうことなんだともはや腹が立つレベルの名作です。気づけばすっかりハイジに心奪われて、古めかしい旧仮名遣いも途中からまったく気にならなくなります。
読み返してみて改めておもうのは、物語に善人しか出てこない点です。クララのお父さんにしてもお祖母さんにしても医者にしても使用人にしても、とにかくイイ人しか出てこない。唯一ぴりっとしたスパイスの役割を果たすロッテンマイヤーさんでさえ、常識からちょいちょいはずれるハイジの対処にただ戸惑っているだけであって、やはりわるい人ではありません。物語全体を通してわるさと言えばペーターがクララの寝椅子を崖の下に蹴り落とすことくらいですが、それでさえ善良な人々の前ではたいした波紋を呼びません。ペーターがひとりでガクガクブルブルしているだけです。
おじいさんのところにいきなり押しかけてハイジを置いていったくせに今度は都会の屋敷に預けると行ってまた勝手に連れていくハイジの叔母も、こうなると「やむにやまれず+良かれとおもって=まあ、しかたがないよな」というわりとシンプルな図式にスポッとおさまってしまいます。へんな言い方だけど、読んでいるうちに物語を包みこむ圧倒的な善良思考が知らずこちらにも波及してくるのです。良質な児童文学とはかくも峻烈な光を放つのかと呆気にとられずにはいられません。
ていうかねー、なんかねー、もうちょいちょい、ハイジがかわいいんだよね!ペーターの家から帰るときにおじいさんがハイジを麻袋に入れて荷物みたいに抱えていくんだけど、袋のなかからその日あったことをもごもご喋ろうとして、でもおじいさんに聞こえなくてとか、キュン死にするから!
(*´∀`*)
あーかわいい、あーかわいい、と悶えているうちに読み終わります。読み終えたあともしばらくハイジロス症候群に悩まされるくらいです。僕はこれをだいぶいい年になってから読んだけど、子どものときに読んでおきたかったとつくづくおもうし、そこらの児童文学とは控えめにみても格が違います。児童文学という枠を取っ払ったとしても、疑いなく金字塔のひとつです。野上弥生子の実直で外連味のない訳文がまたいいんだ……。
A: 野上弥生子訳「アルプスの山の娘(ハイヂ)」
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その206につづく!
田村の所持品はアンジェリカではなく今はワニの小娘が持っているのですね!
返信削除やはり大吾さんのオススメする本は全部面白そうに思えてくるので不思議です!
激しく同意です。ハイジを大人になってから読み直して、涙腺が崩壊しました。あんなに泣いた本はないです。私が読んだのは竹山道雄訳でした。野上弥生子訳、気になります!
返信削除> ケイジローさん
返信削除そう言ってもらえるならオススメした甲斐がありました。
ちなみに、小娘が持ってるのは鎌じゃなくて熊手ですよ!
しかし田村をご存知とは、さすがです。
> しろふわこさん
た……竹山道雄ってドイツ文学の人だったんですね……!
「ビルマの竪琴」と「ハイジ」のギャップに絶句です。
ハイジ、泣いちゃうよね……。
アニメも原作も詳しく無いのですが、教科書にその後の話が載っていてそれだけ読みました。
返信削除石川淳という人の作品で、リアリティがあるのになんか神秘的な話でした。
ずっと忘れていたので思い出せて嬉しいです
> しろさん
返信削除それはもはや完全にハイジと切り離された
似てるようで似てないべつの物語です!
ぜんぜん、もう本当にぜんぜんちがうから
どうか原作のほうをお読みになって……!