2013年5月2日木曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その147、あるいは神の血を引く子どもの話


たなぼたアンテナさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)契約してないのになぜか受信するふしぎなアンテナのことですね。


 Q: 爆破されるならどんなシチュエーションがよいですか?


たとえば僕が山奥のちいさな村でひっそりと暮らしていたとしましょう。木々に囲まれてそこに至る道も定かではない僻地の、閉鎖的な村です。そこに集落があることなど、誰も知りません。ここで生まれたものは皆ここで育ち、ここで暮らし、そしてここに骨を埋めます。外部に通じる道は村の西側、切り立つ崖にかけられた1本の吊り橋だけです。

村にはひとりの不幸な娘がおりました。彼女は働き者で、器量もよく、かつては村の誰からも愛されていましたが、あるとき道に迷って村に辿り着いた旅人と恋に落ち、身ごもったことから、一転して村八分の憂き目に遭っていたのです。他所者と交わるだけでも詮議ものなのに、あまつさえ子を孕むとはとんだ罰当たりだ、というのが村人の一致した考えでした。

はからずして父となった旅人はここを旅の終着点と決め、ともに村で生きていく心づもりでいましたが、村人たちの態度が急によそよそしくなったこともあって、なんとなく穏やかではありません。自分に原因があるらしいことは察せられるものの、村の人々はみな肝心なところで口を濁すため、いまいち判然としないままです。

やがて玉のような男の子が生まれても、状況は一向に良くなる気配がありませんでした。村人はどこまでもつれなく、必要最低限をのぞいて誰も一家に関わろうとしません。さんざん思い悩んだすえ、旅人であった男は3人で村を出ることを娘に提案しました。この村でなくとも心安らかに暮らせる土地がきっとどこかにある。何よりここにいてはこの子のために良くない。村を出て安住の地を探したほうが良くはないだろうか?

しかし娘は首を縦には振りませんでした。村で生まれた者は村を出てはいけない決まりになっていたのです。村人たちはじぶんたちを山の神の末裔であると信じており、その血脈をみだりに外へ持ち出すことまかりならぬと村の掟は定めていました。混血の忌み嫌われる理由が今になってようやく飲みこめた男は開いた口がふさがりません。

「でもあなたはちがいます」と娘は男に言いました。「あなたはここを出ていくことができる。この子に自由を与えて、世界の広さを教えることができます。ですから…」

その先をさえぎって男は声を荒げました。「おまえを置いていけというのか」

「この子は村に災いをもたらす、と村長は以前わたしに言いました」と娘はいきり立つ男を見据えたまま凛とした調子で話します。「手荒なことはしないとおもうけれど、いずれはそれもどうだかわかりません。追放しようにも半分は村の血が入っているし、ここで生きるにしたって嫁いでくれる人はないでしょう。それに、村に何か問題がおきれば真っ先にスケープゴートにされるのはこの子です。そうなれば是非もありません。後生ですから、どうか…」
「おまえを置いていく気はない。わたしもこの地に骨を埋めよう」
「この子の未来はどうなります」
「わたしがいるかぎり、妙な真似はさせない」
「いいえ」と娘はきっぱりと言いました。「あなたは行かなくてはなりません」
「おまえとならどこへでも行こう」
「それはできません」
「ならばわたしもできない」
「そのきもちがわたしには重荷になるのです」
「むむ…」

ついに男は折れました。子を連れて村を出ることにしたのです。月のない闇夜にすやすやと眠る赤子を抱いて、男は暗澹たる面持ちのまま外界へとつながる吊り橋までやってきました。ふたりを見送る娘は対照的に晴れやかな顔をしています。
「いずれ生きるべき土地がみつかったら」と男は娘に言いました。「お前をさらいにくる。迎えにきてもお前はうんと言わないだろう。だからさらいにくる」
「まあ」と娘はおもわず顔をほころばせました。「こわい人」
「そうとも」男は大真面目につづけました。「兢々として待つがいい」

名残惜しそうに幾度も振り返りつつ、男はゆっくりと橋を渡っていきます。役目を果たしたと胸を撫で下ろしたかどうか、やがて男の姿が見えなくなると、娘は祈るような思いで天を仰ぎました。


それから十数年後のことです。

村人たる僕が吊り橋のあたりをぶらぶらしていると、馬に跨がった物々しい集団がやってくるのが目に入りました。その首領とおぼしき男が橋の向こうから声をはりあげてこちらに問いかけます。「ここにかつて旅人だった男が来なかったか」
「あなたは誰です」と僕も負けじと声を張りました。
「おれは息子だ」と男は答えました。「父と母を迎えにきた」
「彼らの…」
「数年前、父が母を迎えに出た。今もってふたりが戻らない理由を知りたい」
「彼らならいません」
「いないはずはない。たしかにここに来たはずだ」
「たしかに来ました。でももういません」
「いないとはどういうことだ」
「身投げしたんです。ふたりとも」
「馬鹿馬鹿しい。ちっとは考えてものを言え」
「でも、本当なんですから」
「家族を迎えにきて身を投げる理由がどこにある」
「あなたの父君が迎えに来たとき、母君はすでに身を投げていたのです」
「なんだと」
「あなたたちが村を去ったあの晩、この崖から」
「嘘を言うな」
「ここに来てそれを知った父君もあとを追うように…」
「そんな戯れ言を信じるとおもうのか」
「本当なんです」
「嘘だ」
「本当です」
「むむむむ」と男はぎりぎりと歯を食いしばるようにして、ふと天を仰ぎました。「じつのところを言えばそんなことがあるかもしれないとは思っていた。一人ではなく、屈強な仲間たちを連れてきたのはそのためだ」
ギョッとして、僕は尋ねました。「何をするつもりです」
村を焼き討ちにする」と男は言いました。「他に何ができる?」
「馬鹿な真似はおやめなさい!そんなことをしてどうなります」
「どうにもならない」と男はかなしげに笑いました。「ただおれの気が済むだけだ」
「いけません」
「誰とも知らんおまえに留め立てされる筋合いはない」
「あなたはこの村に災いをもたらすと言われていた」
「災いを生んだのはその一言だろう」
「母君があなたを村から送り出したのは、あなたが災いではなかったと証明するためだったはずです」
「追いつめた側が訳知り顔で母を語るな」
「これではあなたが本当に災いをもたらすことになってしまう」
「聞く耳もたん。行くぞ」
「お待ちなさい。そんなことではご両親も浮か」


ドカン


「うわあ」
「なんだなんだ!」
村の男が爆発したぞ!
「あッ橋が落ちる!」
「ちくしょう、やられた!」
「村に通じる唯一の道を断ち切りやがった!」
「これじゃ渡れない!」



A: …というかんじがいいですね。




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その148につづく!

3 件のコメント:

  1. どこで爆発するのかと思いきや、まさかの村人。

    一片の同情の余地もない悪者になって、正義の味方の必殺技をくらって爆発したいです。追いつめられて命乞いしたい。

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  2. ダイゴさんが爆破した(された)ことで、村と外界は永遠に切りなされ、またやるせなさの連鎖も断ち切られたわけですね。
    しかし同時に村と息子が今後関わりあいを持つことがなく、和解の道もなくなってしまったことには悲しさを覚えます。まぁどうしようも無いんでしょうが。
    このあと息子がやれやれとか言いながらも人生うまくやってくれることを願います。

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  3. > 赤舌さん

    必殺技をくらうならたしかにある種のカタルシスがありそうですね。
    命乞いもいいけど、問題は助かった後だな…


    > しろさん

    おっしゃるとおりです。
    ただ、息子はともかく、何世代かのちには
    また新たな展開がありそうな気もするんですよね。
    爆発した僕の子孫がいたりしたら。

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