2012年2月8日水曜日

彼らはなぜそのタイトルを変更したのか?


パンドラ的質問箱100回記念云々はさておき、たまには音楽の話でもいたしましょう。ときどきふっと、ブログの横っちょに2010年のアルバムリリース情報が目に入り、じぶんがそういう人だったことを思い出してびっくりしてしまう。自分自身についてお知らせできることがあればよいけれど、残念ながら多くの人と同じようにそんなのは別にないのです。

2010年…といえば、John Legend & The Roots によるコラボレーション・アルバム "Wake Up!" が黒い音楽好きをざわめかせた年でもあります。90年代初頭から今なおヒップホップの前線にあり、一方では Al Green、Booker T、Betty Wright といった伝説的なソウル・シンガーたちの現役をサポートする The Rootsの、これは面目躍如たる1枚とも言えましょう。わけても「ヒップホップ世代の視点による往年のソウル・クラシックカバー」という温故知新コンセプトに悶絶したものです。オリジナルに忠実なアレンジからも、聴き継がれてきた名曲への愛がひしひしと伝わってきます。

ここに収録された "Hard Times" という曲が、今日のお話の中心です。



この曲のオリジナルは、Baby Huey という夭折した巨漢シンガーの "Hard Times" です。Curtis Mayfield のプロデュースで、1971年にリリースされています。ソウル・クラシックというよりも、レアグルーヴ文脈による再評価の印象がつよいので、むしろサンプリング・クラシックと呼んだほうが当たっているかもしれません。じっさい両手では足りないくらいあちこちでサンプリングされまくっているみたいだし、僕もこれを聴いておもいだすのは Ghostface Killah です。


使用前
 



使用後


ヒップホップ世代にとってはだから、相当になじみのある1曲といえましょう。"Hard Times" を知っている人は当然 Baby Huey の名前を出すだろうし、彼をオリジナルだとおもっている人がほとんどのはずです。John Legend と Roots がカバーしたのも、実際このバージョンでまちがいありません。

ところが驚いたことにこの曲、じつはもともと別のタイトルで、かつ別のシンガーによるバージョンが先にリリースされているのです。意外にもBaby Huey が最初ではない。…という事実はひょっとしてみんなもう先刻ご承知なんだろうか?

「知ってる」という門前払いの一言にもあえて耳を貸さず、ここは知らんぷりで鼻息を荒くせねば却って立つ瀬がなくなります。ではオリジナルはどんなタイトルで、いったい誰が歌っていたのか、その目でとくとご覧じろ!


Gene Chandler  "In My Body's House"




まさかの Gene Chandler…!ソウル・レジェンドにその名を連ねる、言わずと知れたシカゴのスーパー・スターです。

Baby Huey が歌うよりも2年前の1969年にリリースされています。

お聴きくらべあそばせ!



Cold, cold eyes on me they stare
People all around me and they're all in fear
They don't seem to want me but they won't admit
Thinkin' Black on Black
Strange creature out here havin' fits

From my body house I'm afraid to come outside
Although I'm filled with love
I'm afraid they'll hurt my pride
So I play the part I feel they want of me
And I'II pull the shades so I won't see them seein' me

Havin' Hard Times in this crazy town
Havin' Hard Times there's no love to be found

From my body house I see like me another
Familiar face of creed and race a brother
But to my surprise I found another man corrupt
Although he be my brother he wants to hold me up


多くの人に伝えるという意味で "Hard Times" というタイトルは直球かつ即物的です。社会的なニュアンスもあるし、それだけでメッセージ性の強さがうかがえます。でも「詩」という観点から言ったらむしろ "In My Body's House" という控えめな表現のほうが奥行きもあって意味深です。声高でない冷静なふるまいは言葉に重みと説得力を加え、抑圧された感情を的確に描き出してもくれましょう。いっぽうタイトルから内容を窺い知ることができないのなら、それだけでこの一遍が多くの人のアンテナに引っかかりづらくなるだろうことも否定できません。ひょっとしたらジュークボックスの時代だし、今ほどタイトルは重要でなかった可能性もあるけれど、だとすればなおのこと変更する理由はありますまい。

いずれにせよ、彼らがなぜそれを変更したのか、うっかりすれば見過ごしてしまいがちなこういう細部にこそ、語られるべき物語が隠されていると僕はおもうのです。



…というようなことをHAPPY SADで話せたらいいなーとずいぶん前から目論んでたんだけど、どう考えても時間内におさまらないので、こっちに書きました。


ちなみに、作者である Curtis Mayfield も1975年にリリースした自身のアルバム "There's No Place Like America Today" でセルフカバーしています。ぜんぜん関係ないしどうでもよいことではあるけれど、カーティスのなかでいちばん好きなアルバムです。初めから終わりまで削ぎ落とされたアレンジの行間に緊張感がピンとはりつめていて、聴くたび耳を強奪されます。全体的にストイックというかデトックスというか、精進料理みたいなおもむきです。内蔵がつるつるになるような気がする。



2 件のコメント:

  1. かっこいい。特にjohn legendとthe rootsのが気に入りました。買おう。
    rising downが好きです。

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  2. > 赤舌さん

    むむ、太いビートがお好きなご様子。Rising Downなら僕は "75 bars" かしら。しかし渋いですね。

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