2012年1月24日火曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その96



お気に召すパパさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)お気に召すママの旦那さんでしょうね、おそらく。


Q: もっと先だと思っていた出番がいきなり訪れてしまいました。どう振舞ったらいいでしょうか?もしいい案があればぜひ。


ある種の人々にとって「出番」とは、やはり背筋の凍る2文字であると言わねばなりません。株を上げる絶好の機会でありながら、一方では無慈悲な赤紙そのものであり、できればうやむやにしたいし、先送りにしたいし、誰かに格安で譲れるならそれにこしたことはないもののひとつです。なんならおまけに肩たたき券、お付けしますけど…的なそのきもち、僕もよくわかります。あるいはどのみち背筋の凍るものなら、いっそキンキンに冷やしてシャーベット状にするのも良いでしょう。何しろ、コタツで食べるアイスは格別です。あれもこれもぜんぶ忘れて、そのままウトウトまどろんでしまいたい。

実際のところ、人生におけるじぶんの出番(ここでは「自分がそれを為すべきとき」というような意味合いですが)は、そう多くありません。事なかれ主義に身を委ねてまどろむ僕らとしては、むしろ出番なんて全然なくたってかまわないのです。たとえばもっと控えめに、ひっそりとやってきてそそくさと終わり、それでいてそれなりの結果がもたらされるというのであれば手厚くもてなしてやっても良いけれど、どうもそうよしなにはしてもらえないらしいし、そんなら謹んで辞退を申し出たい。誰もが脚光を浴びたがっているとおもったらそれは大きなまちがいです。

しかしそうそう顔を背けてばかりもいられません。人が人から生まれ、別の人とつながり、また人を生む以上は、必ずお鉢が回ってきます。例外はありません。順番なのかランダムなのかそれはわかりませんが、出番は僕らの首根っこをつかんで舞台にズルズルとひきずっていきます。馬の骨だろうが鹿の肉だろうが無縁ではあり得ないと昔から相場が決まっているのです。そういうものだとおもってあきらめるほかない。

おまけにそれは便意のごとく、いつでもいきなりやってきます。おわかりかとおもいますが、「戻れ」と命令したところで聞き入れられる可能性はほぼ皆無です。来るとなったらそれこそこちらの都合おかまいなしであり、場合によっては勝手にドアを開けてひょっこり顔を出そうとさえします。まったく、不躾にもほどがある。

こうなると肝心なのは、こちらの狼狽をいかに気取られずに済ますかです。付け入る隙を与えてはいけない。何でもないような顔で平常をよそおい、張れるだけの虚勢を張り、かませるだけのハッタリをかまし、100年も前から支度をしていた体で半ば呆れ気味に歓迎の意を表すことが求められます。

大丈夫、途方に暮れなくてもよろしい。たしかに僕らは演技にかけては毛も生えていないようなずぶの素人です。千両役者でもなければ、手練の詐欺師でもありません。そのギャップといったら気が遠くなるほどです。しかしそれでもなおそのギャップをどうにかして埋めなくてはならないのだとしたら、打てる手は自ずと限られてきます。要は表情や挙動をぜんぶ隠してしまえば良いのです。

求められているのはあくまで「出番に応える」ことであり、着飾れという指示はどこにもありません。然るべきときにそこにいることが大事なのだから、どんな格好をしていようとお咎めを受ける筋合いはないはずです。うろたえて青ざめる顔を隠し、汗ばむ手のひらを隠し、ふるえる足を隠せるとしたら、けたたましい動悸もいくらかは落ち着くような気がしてきませんか?したがって答えは


A: とりあえず着ぐるみに入ってください。


あるいは包み込まれているという安心感が却って自信を与え、望外の輝きを放つことだってあるかもしれません。願ったり叶ったりです。





質問はいまも24時間受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その97につづく!


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