2025年12月12日金曜日

アグロー案内 VOL.10解説「九番目の王子と怪力の姫君/how he became a pearl diver」②


九番目の王子と怪力の姫君」は、たぶんあまり類を見ない制作過程をへて完成した作品でもありました。

まず、この曲に関してはテキストが先に書かれています。カズタケさんがトラックの制作にとりかかったのは、彼がそれを読んだあとです。一読して浮かんだそのイメージでトラックを作ってもらった、ということですね。

紙芝居を安全に楽しむために」や「フィボナッチは鳳梨を食べたか?」も先にテキストが書かれていましたが、これはテキストというよりすでに録音してあった朗読を音楽と組み合わせてもらう趣向(むちゃ振り)だったので、僕からカズタケさんへの往路だけで作品が完成しています。

それにひきかえ、「九番目の王子〜」は後でリーディングをビートに嵌めることが前提でした。つまり、このテキストがビートにどう乗るのかさっぱりわからんけどとにかく書いてカズタケさんに読ませる、そしてこのテキストがビートにどう乗るのかさっぱりわからんけどとにかく浮かんだイメージでビートを組む、というお互いに五里霧中の状態で制作が進められたのです。

ビートを意識せずにテキストを書いてから乗せ方を考えること自体は、初めてではありません。以前からちょこちょこと試していて、たとえば「前日譚」とか「魚はスープで騎士の夢を見る」なんかもそうです。ただこれらは先にトラックがあったので、僕がテキストをその雰囲気に寄せて書いています。「九番目の王子〜」はここが逆です。これまではまずカズタケさんが球を投げる側にいたのが、今回は僕が投げる側に回った、と言えばわかるだろうか。

いずれにしても、ビートを意識せずに書かれたテキストでもビートに嵌めて読むことができる、という確信がなければ不可能なプロセスです。BPMが60だろうと100だろうと一向に差し支えない点で、これはリーディングというスタイルの真骨頂とも申せましょう。

僕の胸を瞬時に射抜くようなめちゃ素敵なビートが送られてきたので、あとはリーディングを乗せるだけです。適当に書き散らかしたテキストの細部を、ビートに合わせて整えていきます。ある程度のまとまり、具体的には8小節くらいのイメージでテキスト全体を区切っていくわけですね。8小節という単位は、それが曲の構成としてごく一般的な区切りのひとつだからです。その際、テキストの多かったり少なかったりする部分を削ったり補ったりもしていきます。

ところが、よし、大体こんなもんだな、と整え終えて、いざ乗せようとしたところで思いもよらない壁にぶち当たりました。

8小節分のリーディングを終えても、まだビートが一段落しないのです。テキストの区切りを間違えたと思って指折り数えても、やっぱりちゃんと8小節で区切っています。ということは…

このトラック、10小節でループしてる…!!!

そんな次第で、整えたテキストをまた一から区切り直すことになったのです。まさかこんなところで通常とは異なる構成が施されていたとは想像もしておらなんだ。

ちゃんと聴きながら区切らんといかんな、と改めて反省したものの、そもそもトラックに合わせて書いたものではないので、トラックの構成とテキストの構成には当然ズレが生じます。なのでやむなく便宜的に僕がトラックを組み替え、リーディングを乗せました。とにかくまずはリーディングを乗せることが肝要だったし、むしろ構成についてはまた調整をお願いすればいいと考えたからです。そして僕としても意外なことに、その組み替えがそのまま採用されています。

シンガーやラッパーが受け取ったトラックを自ら組み替えることなど、本来はまずありません。便宜上とはいえそれができるのは、どうあれ僕がトラックを自作してきた経験があるからです。したがってこの制作過程ひとつとっても、この2人でしか成し得ない、ひいてはめちゃアグロー案内的であるとも言えるわけですね。

でも実際に仕上がって聴いてみるとむしろ初めからこの着地を目指していた気がするくらい、しっくりきています。ふしぎなもんですね。もし8小節ループだったらどうなってたんだろう?

九番目の王子と怪力の姫君」はこんな作り方もあると実感できた点で、おそらく一生忘れ得ない作品のひとつです。

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