2022年4月1日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その368


はらほろひれはれポリプロピレンさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. 子供の頃好きだった本はありますか?私は「十五少年漂流記」と、「魔法少女マリリン」という本が大好きで、毎年そのどちらかで読書感想文を書いていました。(100%純粋に好きだからという気持ちで)あまり本を読まれなかったのであれば、大人になってからのオススメなど聞きたいです。


「毎年そのどちらかで読書感想文を書いていた」というのがいいですね。初期と後期では感想や表現にも変化があったりしたんでしょうか。

小学生のころも気が向けばそれなりにちまちまと何か、有名な「ズッコケ三人組シリーズ」あたりを読んでいた気がするけれど、それほど今の血肉になっている印象はありません。本に対してこれが好きだったとはっきり断言できそうなのはむしろ中学1年くらいの時期です。

何しろこの頃の僕はとある事情から、そこにある限られた、そして見事に偏った本でしか有り余った暇をつぶすことができないという、それだけ聞くと刑務所のようだけれど別にそうではないちょっと特殊な環境に身を置いていたので、それはそれはカラスのような雑食ぶりだったのです。

今も印象に残っている本をパッと思いつくままに挙げてみましょう。13歳の少年にしてはかなり歪なラインナップです。

・津本陽「下天は夢か
・落合信彦「ゴルバチョフ暗殺
・水野良「ロードス島戦記
・田中芳樹「創竜伝
・福音館書店版「西遊記
・折原みとのティーンズハートシリーズ
・勝目梓の官能ヴァイオレンスシリーズ
・源氏鶏太のサラリーマンシリーズ
・西村京太郎の十津川警部シリーズ

あとそうそう、マンガ雑誌だけど別冊マーガレットも追加しておきましょう。

忘れられないのは当時、プラモデル両手に効果音を口にして遊ぶ正当ながきんちょでありながら、そんな子が読みふけるとも思えない「下天は夢か」「ゴルバチョフ暗殺」もめちゃめちゃ面白かったことです。これはけっこう強烈な体験で、そのせいか「子供には難しい」かどうかは子供自身が決めることであって大人が決めることではないという、考えてみれば当たり前すぎることを今も胸に留めているところがあります。と言ってその後、日本史にハマるとか落合信彦に傾倒するとかになったわけでもないので、話としてよっぽど面白かったんでしょうね。子どもに読ませたいかと言われたら今の僕でも首を傾げますけど。


そしてこの中で特に好きだった一冊を挙げるなら、僕は「西遊記」を選びます。わざわざ福音館書店版と但し書きをつけたのは、子ども向けにしてはかなり奥行きのある誠実な翻訳だったと今でも思うからです。三蔵法師がいて、孫悟空がいて、猪八戒がいて、沙悟浄がいて、天竺まで旅をすることまでは知っていたし大体みんなそれくらいの認識だと思うんだけど、たとえば八戒がなぜブタなのか、悟能という立派な名前があるのになぜ八戒と呼ばれているのか、という細部ひとつとっても濃密なドラマがあってもういちいち面白い上に、次から次へと出てくる仙人の道具とか奇妙な土地の異世界観に圧倒されまくった記憶があります。それは僕にとって南総里見八犬伝と同じように、ざっくり端折ったり噛み砕いたりしてはいけない、なるべく生(き)のままで味わいたい物語のひとつです。大人には「猿」と「猴」の明確な違いを意識して「サル」と訳した知の巨人、中野美代子版を熱烈におすすめしたいですね。

ついでにお話しすると、これは書物ではないけれど、それから数年後、深夜にテレビ放映されていた中国中央電視台制作のドラマがまた最高で、僕の西遊記観はここで完成しています。なんとなれば、活字で読んでなんとなく抱いていたディープすぎる中国文化への憧憬と渇望を映像で余すところなく満たしてくれたからです。ビデオに録って何度も見返したから今も心に深く焼き付いています。当たり前だけど細部まで知っている物語のあれやこれやがぜんぶ中国語で「うわあーこういう発音だったのか!」とか、緻密な時代考証に基づいた衣装や建築に対する驚きと興奮は筆舌に尽くし難いものがありました。


太っ腹なことに1986年のオリジナル版は全話公開されているみたいなので、字幕がなくてもよければ観てみてください。80年代ならではのチープなSFXを除けば、というか僕にはそれすら最高なんだけど、今もまったく揺るがない金字塔がそこに聳えています。

なんか勢い余ってだいぶとっ散らかった話になってしまったけど、これで答えになってますでしょうか。


A. 福音館書店版の「西遊記」です。



質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その369につづく! 

 

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