2021年7月2日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その333


ロビンソン来る嘘さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)ロビンソン、来なかったんですね。


Q. 空腹と眠気ならどちらが勝ちますか?


シンプルにしてなかなか奥の深い質問です。

ある時点までなら圧倒的に空腹が勝利を収めます。僕も経験があるけれど、そのせいか飢えに対する本能的な恐れみたいなものが今も厳然とあって、食えるときに食えるだけ食うという強迫観念を未だに捨て去ることができずにいるくらいです。量はともかく、腹八分では不安で落ち着かないところがあります。

そしてそのハードな経験からすると、空腹ではまず眠れません。眠りでは空腹に太刀打ちできないと言い換えてもよろしい。

実際、空腹でかつそれをどうにかする手立てが他に何ひとつないとき、人がすがるのは睡眠です。というか、睡眠しかありません。空腹から気を逸らしてくれるなら別に睡眠でなくてもいいんだけれど、空腹は空腹で一旦止めてもしつこくスヌーズを繰り返してくるので、意識を失うことができるならそれがいちばん手っ取り早いのです。

しかし先にも申し上げたように空腹は睡眠への移行を決して見逃してはくれません。「いやいやいや、ははははは!何かお忘れじゃありませんか!寝る前にほら、することあるでしょ。それは焼く前の生肉にステーキの匂いを嗅ごうとするようなものですよ。そんな馬鹿げたマネをせんでも、肉は焼けば自然とステーキのいい匂いが漂ってきます。そうでしょうが?睡眠も同じで、満腹になれば自然とまどろむようにできてるんですよ、体ってのはね。そんなことはとっくにご存知のはずなのに空腹のまま眠ろうとするなんてまったく、ちょっとこう、日々のお勤めでお疲れなんでしょうな!ここはひとつガッツリとカロリーの高いものをたらふく平らげてですな、ゲップのひとつも大砲みたいに放って、そのままバタンキューといきましょうや!さあさあ、ぼんやりしてないで、景気よく、大盛りのカツ丼なんかどうですね!」

食うものがないから寝ようとしているのに、空腹とはことほどさように無神経です。食うためには金がいるという根本的な現実すら認識できません。減ったなら満たせばいいじゃない、とまるでマリー・アントワネットのように無邪気です。

そんな聞き分けのない空腹に対して、睡眠が手を差し伸べてくれることはまずありません。この状況で黙して語らぬ睡眠が手を差し伸べてくれるのは、喚き疲れた空腹がとうとう音を上げて黙りこみ、もうこれ以上は無益だからとやさしく死に誘ってくれるときだけです。

そしてここにこそ、冒頭に指摘したシンプルながらも奥深いポイントがあります。なんとなれば人に引導に渡す、いわゆるクー・ド・グラース(とどめの一撃)を食らわすことができるのは空腹ではなく睡眠だからです。

生命活動を維持できる状態であれば、勝つのは圧倒的に空腹です。眠りには手を出すこともできません。しかしこれ以上維持できない状態では、むしろ空腹にできることなど何もなく、最後にして最大の勝利を収めるのは睡眠です。

「勝たせてやれるときには勝たせてやる」というある種の貫禄めいた余裕を考えると、本当に強いのは勝ち負けに拘泥しないがいざとなったら勝利しかない睡眠のほうなのではないかと僕はおもいます。怒らせるとヤバいのはどっちだと言われたら、そりゃ睡眠のほうだよな、とやはり戦々恐々たる面持ちで認めざるを得ますまい。


A. 睡眠です。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その332につづく! 

 

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