みんなのふたさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q. 竹取物語において、かぐや姫は帝のことをどれくらい好きだったと思いますか?
のっけから夢を派手にぶちこわすようでちょっと気が引けますが、結論から言うとべつに好きでもなんでもなかった、と僕は考えます。
そのことを帝との関係性から見てみましょう。
ご存知のように竹取物語は、光る竹から出てきた女児が美しく育ってめちゃモテたあげく月に帰るお話です。ストーリーは求婚した5人の公達が姫に渡された無理難題とどう向き合って退けられたかに多くの筆が割かれています。
帝の登場はその後です。そこに描かれている帝との関係をざっくり列挙してみると、5人の公達とちがって帝には(1)難題を出さず、(2)3年間文通をつづけ、地上を去るときに(3)「悪い印象を残してしまうことが心残りです」と手紙に書き添えて、(4)不死の薬を形見に残す、という流れになります。
もしある程度の関係性ができあがっている段階であれば、5人の公達とちがって難題を出さない、という点にも何かしら好意的な思惑を見て取ることもできたかもしれませんが、初見から姫を文字どおり力づくで連れ出そうとしていたくらいなのでそれはありません。最高権力者に難題など出してもムダと考えるほうが無難でしょう。
かぐや姫が帝に思いを寄せるだけの重みを持ったエピソードはどこにも書かれていない、という点にも注意が必要です。そもそも初見でむりやり連れ去ろうとするような相手に恋心を抱く理由があるだろうか?
そこで唯一その根拠となりそうなのが(2)3年間文通をつづけた、という部分になるわけですが、ここで何か前向きな心が育まれた可能性はもちろんあります。ありますが、それでなくとも相手は最高権力者です。どう考えても無碍にはできないし、ましてやうざいからと気軽に打っ遣れるような対象ではありません。なのでどちらかというとこのやりとりはかぐや姫のやさしさ、細やかな気配りの表れであり、仮に恋心がなくともかぐや姫ならせっせと手紙を送ってくる帝に対して誠実に応対しつづけただろう、と僕にはおもわれます。べつに恋まで発展してもいいけど、しなくてもできる、ということですね。
それよりもはるかに「おっ」とおもわせてくれるのは月への去り際に(3)「悪い印象を残してしまうことが心残りです(なめげなる者に思しめし留められぬるなむ心にとまり侍りぬる)」と帝に書き残している点です。好意を抱いていないのであれば、早くしろと急かす天の人に「そういうこと言わないの(もの知らぬことなのたまひそ)」とまで言ってわざわざ書き残す必要はありません。ただ「ごめんね」と言って去れば済む話です。これちょっと何かあるんじゃないの?と勘ぐるだけの余地はあります。
そしてその印象をさらに後押ししてくれるのが(4)不死の薬を形見として残したくだりです。形見とはいえ地上には存在しないものをプレゼントとして贈るというのはアクションとしてもかなり特別であり、最も期待値が高いようにおもわれます。不死とかまじチートすぎるし、本命感めちゃある!
と
言いたいところですが、その前に僕はこの「不死の薬」という部分に大きな疑問を抱いています。本文にも不死の薬とあるにはあるのだけれど、よくよく考えるとなぜそれを不死の薬と断定できるのか、腑に落ちないのです。
天の人は姫にただ「壷のお薬をどうぞ(壷なる御薬奉れ)」と言うだけです。月ではふつうにあってふつうに飲むものらしいからわざわざ不死のとも言いません。またそれにつづけて「汚れた土地のものを口にしていたから気分が悪いでしょう(穢き所の物聞こしめしたれば御心地悪しからむものぞ)」とも言っています。
不死の薬ってそんな酔い止めみたいに飲むもんなの?
よろしい、百歩譲ってここは不死の薬だったとしましょう。では地上に愛着を抱いて去ることを惜しむかぐや姫が、地上にはない不死の薬を良いものとして大切な人に贈るだろうか?
かぐや姫は地上の日々において月世界とはちがう命のありかたと儚さ、そのよろこびを知ったはずです。そして不死を知るならなおのこと、まわりがどんどん亡くなっていくのに一人だけ生き続けることのむごさも容易に想像できるはずです。尋常ならざる知性と細やかな気遣いに満ちたかぐや姫がそのことに思いが至らなかったとは、さすがにちょっと考えにくい。
したがってそれは不死の薬というよりむしろ「心身を健やかに整える(=死を遠ざける)薬」、もしくは万能薬だった、というのが僕の結論です。
是非はさておき薬が本当に不死をもたらすものでそれを一人に贈った場合、そこには他の人に抱くのとはちがう特別な感情があったと考えることもできましょう。しかし万能薬だった場合、話はがらりと変わってきます。
なんとなれば「これ以上自分のことで思い煩わせるのは忍びない」という、純然たる労りからのアクションだった可能性が浮上してくるからです。そして僕としてはこっちのほうがよほど筋が通っていて、断然しっくりくるようにおもえます。
帝ひとりに贈ったのも彼が国の最高権力者だからであり、彼の不調は民を不幸にする事態にもつながりかねません。言い逃れできないほど明らかにその原因であるかぐや姫が彼にどうか立ち直ってほしいと願うのは、ごくごく自然なことです。
いずれにしても先に挙げたうちの(4)は、もはやそれほどスペシャルではない、ということになります。
そうなると最後の拠り所は(3)の「悪い印象を残してしまうことが心残り」という、ちょっとちょっと、そんなこと気にするなんてやっぱアレなんじゃないの、ラブなんじゃないの?と肘でぐいぐいやりたくなるくだりですが、じつはこれも「せっかくいい友人になれたのに」というかなしいほどシンプルな但し書きひとつで事足りてしまいます。3年もの間手紙で通じ合っていたのだから、恋などなくてもそう思うことに不思議はありません。
要は全体的に、姫が恋心が抱いていたと断じるには根拠が薄弱すぎるのです。
そしてまた仮に3年の文通でじつは恋が育まれていたとするなら、今度は逆に別れ際が物足りなさすぎます。個人的にはラブコメ大好きなので、もうホントまじでぜんぜん、物足りない。もっとありそうなもんでしょうが、他にやりようが、いろいろとおおおおお!!!と言いたい。天の羽衣着て「すーん」となってしまった姫の様子なんか聞きたくないし!富士山のてっぺんで手紙燃やして終わりにしてんじゃないよ!!と言いたい。
そんなこんなで、んもおおおおおお、とかのたうち回るくらいなら、「べつに好きでもなんでもなかった」という解釈のほうが姫のカッコ良さも際立ってよほどアリだと、僕なんかはおもいます。
こちらからは以上です。
A. べつに好きでもなんでもなかったとおもいます。
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その319につづく!
面白い見解です。確かにー
返信削除(゚∀゚)
└O」< ポン!
竹取物語、現存する日本最古の物語がSFという事実にまずグッと来ます。
> 某さん
返信削除グッときますよねえ。
KBDG