ここに一冊の黒い、そしてじつに美しい本があります。
「くろは おうさま」
文・メネナ・コティン
絵・ロサナ・ファリア
訳・うの かずみ
サウザンブックス社
絵・ロサナ・ファリア
訳・うの かずみ
サウザンブックス社
と言いつつ表紙はふつうに銀色で描かれています。テキストも銀色です。でも言うなればこれらは、そのままでは読むことができない人のための気配りです。中面における本文は銀色のテキストの上部にあります。
本文が黒なら絵も黒く、目で見ただけではどこをめくっても黒一色です。黒についての絵本?とおもわれるのも無理はありません。もちろんそういう側面もあるのだけれど、実際のところこれは世界を彩る数多の色について描かれた、色彩の絵本なのです。
美しい本は数あれど、これほど教訓に富んだ美しい本にはそうそうお目にかかれない、と僕はおもいます。なんとなれば文字どおり世界の見え方が一変するし、その驚きたるや打ちのめされるほどです。
はっきりとはどこにも書いていませんが、主人公のトマスは視覚を持たずに生きる少年です。しかし彼は世界が多彩な色に溢れていることを全身で知っています。ここに描かれているのは彼がいる色の世界であり、僕たちもふくむ世界の色であり、そしてまた、漫然と見ているだけでは決してふれることのできない世界です。
トマスは言います。
「あかは イチゴみたいに すっぱくて、スイカみたいに あまい。
だけど すりむいた ひざこぞうから のぞいたときは いたい。」
五感で味わう色彩の話を、僕は以前にも目にしています。いつだったか忘れたけれど朝日新聞に寄せられた投書で、忘れがたく大好きな話です。まさかこんな形で引き合いに出す日がくるとはおもわなかったけど、ここにもまったく同じ、そして別の、それでいてすごくよくわかる「あか」があります。
40年も前の話です。絵本とは時代も国も言語もちがいます。にもかかわらず彼らの色が同じようにぴったり寄り添うものだとしたら、見ているだけではふれることのできない世界がたしかにある、と思わずにはいられません。そうして今一度、立ち止まって省みるに色彩とは、こんなにも活き活きと血の通うものだったろうか?
*
あらためて念を押しますが、美しい本です。なんかもうぜんぶひっくるめて、そうとしか言いようがないとおもう。絵を指先で感じる仕様になっているので、実際に触れてみないとその真価が伝わらないところもいい。
今まで見ていた色は何だったのか、そもそも色とは何なのか、美しいということの意味も含めて、考えもしなかった問いをドンと置かれて立ち尽くす人は僕と同じようにいっぱいいるはずです。
去年出たばかりの新刊ですが、アルスクモノイ(@arskumonoi)でも扱っているので、ぜひお店で手に取ってみてください。
絵を描くのが趣味の自分には、考えさせられるいい話
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