気がつくとムール貝博士の助手であるピス田さんがうちでお茶を飲んでいるのです。
「あれ、なんかガサガサぽりぽり音がするとおもったら」
「やあダイゴくんお邪魔してます」
「お招きしてましたっけ?」
「お招きはされてないよ」
「ピス田さんの不法侵入スキルもだいぶ熟れてきましたね」
「照れるなあ」
「褒めてないですよ」
「たまには羽を伸ばさないとね」
「博士は?」
「おや、ダイゴくんが博士を気にするなんて!」
「なんか不穏な感じがするじゃないですか」
「そんなに心配なら結婚すればいいのに」
「僕が心配してるのは僕の身の安全だけです」
「博士のそばほど安全な場所はないよ」
「ていうかいま結婚て言いました?」
「ああ、そうだねまずはお付き合いからだった」
「あとはきもちの問題みたいに言わないでください」
「冗談だよ、博士は今いないんだ」
「どこかに行ってるんですか?」
「気になる?」
「いたずらっぽい含み笑いはやめてください」
「恥ずかしがらなくてもいいんだよ」
「言い忘れてたけど、そのおさつプリッツ僕のですから」
「おさつプリッツ?」
「ピス田さんがぽりぽり食べてるそのプリッツです」
「あ、お気遣いなく」
「食べながら言うせりふじゃないですよ」
「じゃ食べ終わってから言うよ」
「どこに行ってるんですか?」
「プリッツ?胃だとおもうけど」
「プリッツはもういいです、博士のほうですよ」
「ああ!」
「ほんとに忘れてた顔してる」
「近所のスーパーにね、世界征服を企む母子がいたんだって」
「世界征服を企む母子がスーパーに?」
「オウムみたいに繰り返さなくてもいいよ」
「聞き間違いかとおもって復唱してみたんです」
「合ってるよ、それで」
「はあ……で、その母子の手伝いに行ったと」
「博士は征服なんかしないよ」
「したって言われても驚かないですけど」
「しないしない、だって人に興味ないもの」
「じゃ何しに行ったんですか」
「虎を守りに行ったんだ」
「虎?虎ってあの、黄色と黒のしましまの?」
「もちろんそうだよ」
「トラバターと関係あります?」
「トラバター?」
「あ、ちがうんだ」
「何の話?」
「ていうか整理させてください」
「何を?」
「事実をです」
事実1:近所のスーパーに世界征服を企む母子がいた。
事実2:ムール貝博士は虎を守りに行った。
「どこに関連性があるんですか?」
「そのお母さんが立派な人らしくてね」
「世界征服を企むお母さんが立派?」
「尻込みする子どもに帝王学を説いてたんだって」
「世界征服を企むお母さんがスーパーで帝王学?」
「博士はお母さんの一言が聞き捨てならなかったらしい」
「どんな一言だったんですか」
「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』」
「はあ……」
「リスクなくして成功はないってことだよ」
「それくらい知ってますよ!」
「あれっ」
「意外そうな顔をしないでください」
「ポジティブなことわざでしょ」
「まあ、そうですね、世界征服をのぞけばですけど」
「でも博士はそこでキレたわけ」
「お母さんに?」
「いや、そのことわざに」
「なんで?」
「盗っ人の論理だから」
「盗っ人……」
「虎から子を略奪することが果たしてポジティブな行為だろうか?」
「でも世界征服を企む母子なんですよね」
「世界征服はこのさい問題じゃないんだ」
「いや大問題ですよ」
「征服しない人もこのことわざは使うでしょ」
「それはそうですけど」
「生き抜くためならともかく、功名のために子を掠め取るわけだよ」
「言われてみればそうですね」
「でもこのことわざを使う人は誰もそれを罪だとはおもってない」
「まあ、定型句ですから」
「そんなんじゃ虎もやりきれまいと」
「博士がそう言ったんですか!?」
「で、野生動物の保護活動に熱心なWWFに駆け込んだわけ」
「虐げられた虎を守るために?」
「うん、というか、発破をかけにね」
「ああ、爆破の第一人者ですもんね……」
読んでる途中にふと自分の胸元を見るとトラバターを着てました!何気ないことですが、なぜか幸せな気持ちになりました。続きを楽しみにしてます。
返信削除世界征服に必要なのは帝王学より非情さなのでは……
返信削除それよりおさつプリッツおいしいですよね。まるでカリカリに揚げた繊切りサツマイモみたいで。
> チムチムチェリーさん
返信削除あっお求めいただいたんですね!
たしか誕生日に、と仰っていたような。
うれしいです、どうもありがとう!
え、つづき……?
> イヨカンさん
そうですね、非常さは帝王学の内に
余裕で含まれているとおもいます。
おさつプリッツね……大好きなんですよね……。