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2015年4月12日日曜日
一度はお別れした須藤部長に復縁を申し出る話
いつまで待っても春は戻ってきそうにないし、身も心もすっかり冷えきってしまったので焼けぼっくいに火を点すべく、須藤部長に復縁を申し出たのです。
「コバ子くん、いつまでもこんなことを続けてはダメだ」
「でもわたし、部長がいないと生きていけません」
「そんなことはない。大人になりなさい」
「いやです」
「春はもうそこまで来てるんだぞ」
「それはもう聞き飽きました」
「灯油だって使い切ったはずじゃないか」
「そんなの買い足せばいいことです」
「すぐに春がきてまた余らせることになるぞ」
「知りません」
「馬鹿げてる!よく考えるんだ、もう4月だぞ」
「関係ありません」
「大アリだ。じき夏もやってくる」
「勝手に来ればいいんです」
「冬服も畳んだばかりだろう」
「それを反故にしたのは春じゃないですか?」
「桜だってもう散ったのに今さら何を言うんだ」
「桜だって呆れて散ったんです、きっと」
「八百屋をみろ、春野菜でいっぱいじゃないか」
「あんなの、見てくれだけです」
「ふきのとうはどうだ?もうすこししたら空豆だって」
「ふきのとうならもう食べました」
「なんだ、ちゃんとやっていけてるじゃないか。天ぷらかね」
「天ぷらです」
「うまかったろう?」
「苦かったです」
「そのほろ苦さこそ春だ!」
「( ゚д゚)、ペッ」
「あっうら若き乙女がそんなことしちゃいかん」
「あいにくですけどもう若くありませんから」
「そう機嫌を損ねるもんじゃないよ」
「だって部長が……」
「コバ子くん、私も年なんだ、わかるだろう?」
「でも……」
「こんなことで投げ出していたら次の冬はどうなる?」
「ずっと部長といれば平気です」
「私だっていつまでもそばにいられるわけじゃない」
「そんなこと言わないでください!」
「力になりたいのは山々だが、できることとできないことがある」
「そばにいてくださればそれでいいんです」
「そばにはいるとも。いつだっている」
「なら……」
「だが火を点すわけにはいかん」
「どうして!」
「聞き分けなさい。君はもう立派な大人だ」
「わたしだって努力したんです」
「ならそれを続けなさい。春を信じて待つんだ」
「もう待ちくたびれました」
「おやっ!ごらん、シデコブシが咲いているじゃないか」
「話をそらさないでください」
「春は来てる」
「来てすぐ帰りましたけど」
「シデコブシはコブシの仲間だが、すごく珍しいんだ」
「そうなんですか」
「自生地は日本に数カ所しかなくて、絶滅危惧種なんだぞ」
「じゃあこれは?」
「え?」
「なんでここに咲いてるんですか」
「これはアレだ、園芸種だから……」
「庭木としてはよくあるってことですよね」
「自生がすごく貴重なんだよ」
「これは?」
「もちろん自生じゃないが、でもあんまり見ないだろう」
「コブシに比べたらでしょ」
「愛らしい花じゃないか。春ならではだ」
「部長」
「そうおもわんかね」
「わたし、もう灯油買ってあるんです」
「あっ早まったことを!」
「挿れていいですよね」
「どきり。挿れるって何をだ」
「灯油ですけど」
「字がちがう!いや、いかん。落ち着くんだ」
「わたしは初めからずっと冷静です」
「こんなことでは春に面目が立たない」
「もう決めたんです」
「こんなところを見られたら世間が何と言うか……」
「どんなときもじぶんを信じなさいと仰ったのは部長です」
「それとこれとは話がべつだ」
「べつじゃありません」
「たしかに水曜はさむかった。木曜もだ」
「知ってます。湯たんぽ抱えて泣いてましたから」
「だが今日はどうだ」
「……」
「むろん格別暖かくはない……だが灯油を持ち出すほどか?」
「部長」
「目をそむけてはいかん。さむくはないはずだ」
「わかりません」
「わからないことはないだろう」
「心の毛穴がとじちゃったので」
「コバ子くん!」
「わたし、もう決めたんです」
「そんなことをしたら私はもうそばにはいられなくなる」
「いいえ、部長はそばにいてくださいます」
「マッチをそこに置くんだ」
「ごめんなさい、もう決めたんです」
「春は来てるんだ!本当なんだよ!」
「どっちでもいいんです、もう」
「擦っちゃいかん!春が来なくなるぞ!」
「ほら。やっぱり来てなかったんだ」
「そうじゃない!マッチを置くんだ!」
シュボ
「あー!」
「点けちゃいました」
「なんてことを……」
「わたしたち、永遠にいっしょですよね、部長」
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