2014年11月25日火曜日

筋肉質でふてぶてしいキウイがミス・ユニバースの栄冠を勝ち取るまでの話 <後編>


【前編のあらすじ】キウイが固い。


それからさらに二日たち、三日たち、五日がたち、おいそろそろ買ってから二週間になるぞという段になってもキウイのやつらは一向に軟化する様子を見せません。相変わらず床に置いて踏みながら足ツボでも刺激するほうがよっぽど役に立ちそうな固さです。そばに置いたリンゴがすでに入れ替わっているというのに、こいつらときたら一体どういうつもりなんだ、と憤慨しかけたところで、ふと頭に豆電球がピカリと光りました。

コンポートにすればいいんじゃね?

ふだん買ってくるキウイはわりとすぐに熟して甘くなるので、そのままぱくぱくやるばかりでコンポートにしたことはありません。そしてコンポートはリンゴもそうですが、酸味の強い果実のほうがより味わいに深みが増すものです。今ここにあるふてぶてしいキウイどもは、酸っぱいのはもちろんのこと、実が固いから煮崩れしないでほどよい食感になりましょう。ひょっとして、いいこと尽くめなんじゃないだろうか?

そう考えてコトコト煮てみたところ



何これ……

む ち ゃ く ち ゃ 美 味 い !

たとえるならそれは、ごつごつとして愛想のない原石がカットされて宝石に様変わりしたような驚きです。森の奥でオオカミに育てられて厳しい生存競争を生き抜いてきたワイルドな少女が、ちょっと身ぎれいにしただけでミス・ユニバースの栄冠を勝ち取ったかのような、にわかには信じられない急転直下ぶりです。何なら「全米が泣いた」と付け加えてもいいでしょう。よもやこれほど劇的なシンデレラストーリーを目の当たりにすることになろうとは、さすがに想像できませなんだ。

その味わいがまた夢のようです。トゲトゲとして素っ気ない態度は見違えるほどまるくなり、見た目も食感も果実本来のみずみずしさに溢れています。ひとくち噛めばぷちぷちと極小の種が快くはじけ、とろりとしたたる甘みの奥からは洗練された酸味が色香のごとくたちのぼり、飲み下せばその余韻がチャペルの鐘よろしくいつまでものどの奥でおごそかに響きわたります。こんな女性にならみずから進んでこの身を捧げたいし、よろこんで手のひらの上で躍らされましょう。何よりあれほど手に負えなかった乱暴な酸味が、今やえも言われぬ魅力の欠くべからざるひとつとして可憐に微笑みかけているのだから、ぽかんとだらしなく口をあけて放心しないではいられません。なぜ初めからこうしておかなかったのか、一週間前にひとつふたつ無駄にぼりぼりと噛み砕いてしまったことが心の底から悔やまれます。ふたつあればそれだけ長く夢に浸ることができたのに、できることなら今すぐ時間を遡ってすっぱい顔で忌々しそうにぼりぼりやっている自分の頭を鈍器で殴りつけてやりたい。熨斗をつけて返してやると息巻いていたはずのキウイをもっと買っておけばよかったと嘆くことになるなんて、忸怩たる思いもいいところです。キウイにいったい何が起きたというのだ。

一週間前までは「まあいいや、どのみちもう買う機会もないだろうし」としぶしぶ自分を納得させていたのだけれど、こうなると俄然話が変わってきます。何となればこの蠱惑のコンポートを再び味わうためには、あのふてぶてしい筋肉質のキウイを今一度手に入れなくてはならないのです。

言うまでもなくスーパーにあるキウイでは用を成しません。どれを手に取ってもほどよく熟れているし、コンポートには繊細すぎます。

何といっても絶対に必要かつ不可欠なのはあの暴力的な酸味です。野趣にあふれてどこまでも傍若無人にふるまい、理不尽にして冷酷、かつサディスティックなあの酸味です。同じところで買えばいいじゃないかとおもわれましょうが、そうおいそれと通える距離ではありません。交通費をふくめるとかかるコストはキウイそれ自体の10倍にもふくれあがります。

いや、その価値はある。たしかにあります。しかしいつも必ずそこにあるとはかぎらない以上、賭けにも近いリスクを覚悟せねばなりません。行くだけ行ってきもちよく手ぶらで帰ることができるほど、僕の心はつよくないのです。

こうして恋にも似たやるせなさを抱えながら、また一週間が過ぎようとしています。果実には旬というものがあるし、もう一度赴くなら今を置いてないとわかっていながら、どうしてもその一歩を踏み出せない情けなさにうなだれる毎日です。会いたい。でも会えない。そのきもちが今ならよくわかります。町でうっかり西野カナの曲を耳にしたら、はらはらと涙をこぼしてしまうかもしれません。


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