2012年3月3日土曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その103


ふと気がついてみれば我ながら順調に大人の階段をのぼっているらしくて、「忘れっぽくなってきたからメモをする」という初期段階(phase 1)から「メモをどこに置いたか忘れる」(phase 2)を経て、「メモしたことを忘れる」驚異の第3段階(phase 3)まで知らぬ間に辿り着いているのです。以前はピンと引き締まっていたニューロンも、今やしなびたえのき茸みたいになってるんじゃないかとおもう。

次に待つのはおそらく「忘れたことを忘れる」(phase4)というたいへんポジティブな忘我の境地であり、行き着くその先は「忘れるという概念が消失する」(phase5)輝かしい無我の境地です。それを涅槃と呼ぶのだとすれば、なんとなく老化上等という気がしてこないでもありません。そういえば父方の祖母も最期は神様みたいにしずしずと旅立っていた。

涅槃とはつまり、人生における減価償却の終了を意味するものらしい。


ソビエ子さんからの質問です(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)。慈愛に満ちた命名ですね。ゆくゆくはそびえ立つような大人物に、と願ってやまない無尽の親心がひしひしと伝わってきます。



Q: ご趣味は?



ししおどしがカポーンと鳴るような料亭の一室に緊張の面持ちで正座しながら「ええい、これではまるでお見合いではござらぬか!」と豪勢な料理ごと卓子をひっくり返したいきもちでいっぱいですが、しかしそこまでリアルに想像すると却ってどことなく慎ましいような、控えめでおしとやかなニュアンスが漂い始めるからふしぎです。しわぶきのひとつもして、誠実にお答えせねばバチがあたります。翌日になって先方から「今回はご縁がなかったということで…」と電話で丁重にお断りされてもつまらないし、こうなれば是が非でも好印象をお持ち帰りいただきたい。趣味なんてべつに本気で知りたがっているとはとてもおもえないけれど、しかしまあ馴れ初めの第一歩とはえてしてそういうものです。「ええと、そうですね、麻薬を少々…」とか両足でどしんと地雷を踏み抜くような発言さえ控えれば、とりあえずその場を切り抜けることはできましょう。

「え、まや…?」
「いえ、あの、マヤコフスキーです
「まやこふ?」
「ソ連を代表する詩人のひとりで…」
「ソ連…」
「ごぞんじですか」
「いえ、その方は存じ上げませんけれど…」
「あ、ソビエトですか」
「ええ、ソビエトは何かしら他人とは思えませんで…」
「ソビエ子さんというお名前はもしやかの地から…?」
「いえ、それは父の知り合いのお偉い先生がつけてくださったんです」
「では偶然…?」
「偶然です。ですけど、偶然にしてはあまりにといいますか…」
「ははは、たしかに。そうですね、わかります」
「ただ何しろわたくしが生まれましたころには解体しておりまして…」
「あ、ソ連がですね。そうですよね」
「恥ずかしながら今ごろすこしずつ勉強をしております次第で…」
「というと書物やインターネットで…?」
「そうですね、あの、今も1冊、読んでいるところなんです」
「やあ、たいへんな勉強家だ」
「文庫本なんですけれど」
「なんという本ですか」
落合信彦の『ゴルバチョフ暗殺』です
「ゴッ…」
「ご存知でらっしゃる?」
「あの、名著ですよね」
「ええ、それはもう。すごくおもしろくて」
「僕も中学のときに父親から借りて読みました」
「まあ。他にはどんなご本を?」
「そのころのですか?」
「ええ、昔のお話、ききたいわ」
「いや、何しろ手にできる本が限られてたもんですから…」
「たとえばどんな?」
「勝目梓とか…」
「官能的ハードバイオレンスの大家ですわね」
「あ、ご存知で」
「いえ!あの…お名前だけは…」
「あ、そうですよね。ははは。失礼しました」
「ほほほ」
「ははは」
「あの、マヤコフスキーというのは…」
「はい」
「詩人…詩集をお読みになる?」
「あ、いえ、本ではないんです」
「というと…」
「その名を冠したスポーツと言いますか…」
「あ、ひょっとしてウィンタースポーツ…?」
「いえ、スキーではなくてですね…」
「やだ、すみません」
「山手の旧家に代々伝わる競技でして…」
「旧家…」
「かんたんに言うとカバディみたいな…」
「まあ、スポーツマンでらっしゃるのね」
「じつは来週、練習試合があるんです」
「行ってみたいわ」
「よろしければ、あの、ご一緒に…」
「ええ、ぜひ!」



A: マヤコフスキーを少々…



ジリリリリン

「はい、もしもし」
「あの、先日のお見合いの件でお電話差し上げたんですけども」
「あ、はい。その節はありがとうございました」
「こちらこそ…あの、それでたいへん恐縮なんですが」
「はい」
「今回はご縁がなかったということで…」
「あ、そうですか」
「もうしわけありません」
「いえ、とんでもないです」


チン



ひょっとするとソビエ子さん、このブログももうお読みじゃないかもしれないですね…。



ダイゴくん不在のいまも質問は24時間受け付けています。
dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その104につづく…




2 件のコメント:

  1. 僕はなんと大学時代、カバディサークルの先輩方に何故か「類稀なる逸材、日本代表になれる。是非ウチのサークルに入ってくれ」とまで言われたカバディの申し子です。似たようなスポーツとういことで、今度是非ご一緒させてください。ルール知りませんが。
    (ちなみに勧誘は丁重にお断りしました)

    返信削除
  2. > 赤舌さん

    ある何かの申し子がその何かを拒否するというのは、実際ありそうな話です。僕は、そうだな、そんなふうに勧誘されたら入っちゃいそうですけど。おだてられるのに弱いです、すごく。

    返信削除