2011年9月30日金曜日

堪忍袋に入っていた貴族のお茶の話



「あれからちっとも連絡よこしゃしないし忙しいんだろうからとおもって気ぃ遣ってたのにおまえ、言うに事欠いて忘れてたとは何ごとだこのバカたれが!」

 と伯母は喧々言うのです。 

ひとしきりやいやいなじられて、フーやれやれと汗をふいたら、また思い出したように「ホントにおまえは」と始まって取りつく島もない。牛の反芻みたいにして、けっきょく4回くらい同じことをくりかえし言われたような気がする。 

しかたがありません。どう控えめにみても僕がわるい。何しろ最後に電話があって「いいものやるから来い」と呼ばれたのは6月(!)だし、それっきりなんとなくそのままにしていて、気がついたら3ヶ月たって季節の合間にくしゃみをしたりしているのだからいやまったく、光陰とはつくづく矢のごとしです。そういえば正月に、コスタリカで森の樹冠と樹冠の間をロープでわたって木に激突した話を聞かされて以来、会っていなかった。


 「あんた紅茶のむでしょ」
 「飲まないこともないですけど」
 「ダージリン買ってきたんだよ」
「へー。どこで?」
 「ダージリン」
 「え、ダージリンてインド?姉ちゃんインド行ってきたの?」
「だからそう言ってんでしょうが!」
 「そりゃまた豪儀な」
「あんたこういうのよろこぶとおもってわざわざ高いの買ってきたんでしょうよ」
「わーありがとう」
「ユキヒロ(父)んとこはどうせわかりゃしないだろうからガントクで買った適当なお茶をやって、あんたには高級なのをとっといてやったのにいつまでたっても来やしないからまったくブツブツブツ」

 (中略)

 そういうわけで出てきたのがつまり冒頭の写真にある包みなのだけれど 

「なんか…高級そうだね」
「だからそう言ってんでしょうが」
「これ、紅茶なの?」
だからそう言ってんでしょうが!
「うわッこれファーストフラッシュって書いてある!」
 「だからそう言ってんのにおまえは…」 


(このへんでまた堪忍袋の緒がプチンと切れる音を聞きました)


これまでもここで表明してきたように、僕は15の時分から自宅のコンロでせっせと豆の焙煎をするのが習慣になっている、筋金入りのコーヒー党です。機会がなかったと言ってしまえばそれまでだけれど、紅茶文化にはあまりふれたことがありません。飲むにしたって、どちらかといえばアッサムのブロークンにどぶどぶ牛乳を入れて豪快に煮出すチャイみたいな飲みかたのほうが性に合っているくらいです。 

でも、ファーストフラッシュという言葉の意味するところは僕でも知っています。春に摘む、ぴちぴちした若い紅茶のことです。ですよね?口にしたことはないけれど、収穫量が少なくて、お茶好きに可愛がられているというボンヤリした印象はある。はっきりしているのはそれが初夏にたしなむ季節のものであり、9月に飲むようなものでは全然ないということです。お茶好きの人がきいたらすごく腹を立てる話だとおもう。

しかしまあ紅茶のことをろくすっぽ知らない男にそんなことを説いても始まらないし、季節はずれの粗野なふるまいを承知で、なるべく丁寧にとぽとぽお茶を淹れてみたところ


あまりの美味しさにひっくり返りました。それはもう、本当にびっくりした。


色は淡くて琥珀みたいな色をしているし、とろりとした甘い香りも控えめで可憐だし、何よりお茶として口に合うのです。紅茶に対する認識がくるりと鮮やかに覆されてしまった。これは…これは貴族の飲みものだ!(凡庸な感想)


9月に春摘みの紅茶を愛でるなんて、ばちあたりなことこの上ない。


そんなわけで、社会の底辺におけるつつましい暮らしにこんな宝石みたいな飲みものを施されたってみじめになるだけだと苦い涙をこぼしながらも、ここのところ毎晩、すこしずつだいじにだいじに味わっているのです。知らずともよいことを知ってしまった背徳的なよろこびとは、げに甘くはらわたにしみこむものらしい。しくしく。





それはそれとして、伯母がインドでぱちぱち撮ってきた写真を見せてもらっているともう1冊アルバムがあったので、こっちは?とたずねたら

「こっちはミャンマー」
「ミャンマー?」
「3月に行ってきたんだよ」
「3月?インドは?」
「インドは6月」
「3月にミャンマー行って、6月にインド?」
「ミャンマーは大したことない」
「またそういうことを言う!」
「あ、そうそう、アレ行くことにしたから」
「何?」
ダロール地区
「ダロール?ダロールってどこ?」
「あんたが行けって言ったんでしょうが」
「そんなとこ知らないよ」
「アフリカのさ、何だっけねアレ」
「あ、そういや言ってた!大地溝帯か!」
「それそれ。来年の1月にした」
砂漠のど真ん中にテント張るんじゃなかった…?」
「すごいらしいよ、何だか」
「そりゃ…そりゃそうでしょうよ」
「だから元気なうちにね」
「姉ちゃんいくつだっけ?」
「2月で70」
「古稀じゃないか!」


 別の惑星みたいだ…

2 件のコメント:

  1. 僕は紅茶派です。いいなっ。

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  2. > 匿名さん

    おいしい紅茶って、ホントにおいしいんですねえ。後ろめたさを抱えつつも、だいじにだいじに飲んでます。

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